海城中学高等学校
写真とレポートで解説! 学校図書館

海城中学高等学校の図書館は、中学1年生の教室や講堂がある1号館校舎の一画。決して広いわけではありませんが、ゆとりをもって配置された閲覧席やくつろげる落ち着きある環境に、中学生高校生を問わず多くの生徒が集まってきます。夏休みには「読書感想文」、社会科の「探求型総合学習」のレポート作成では多くの情報収集が必要とされるなど、「読む力」も「書く力」も求められる海城生。彼らを支える図書館が発信する「本の力」を、図書館で行われた「書評の集い」のレポートとともに紹介します。

 

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自分で探しているだけでは
気付かないような本に出会ってほしい
海城図書館は、現役の先生や活躍された先生、卒業生の作品など、生徒と関連や接点がある方の本が多く展示され、図書部の先生方によるコメントや横倉先生のブックレビューコーナーもあって、紹介されている本に海城ならではの強い個性を感じました。
横倉先生:なるべく顔が見え、関連性があるところから読書に結び付けられたらいいなと思っています。ただ、実際にはなかなか難しいですね(笑)。「空想科学読本」や「君の膵臓をたべたい」といった世間で話題になった本の貸し出しが多くなりがちです。 ただ、年間の貸出順位の上位にある「武士道ジェネレーション」などの「武士道」シリーズは、中学2年の国語科の「読書クイズ」で「武士道シックスティーン」という本を課題図書にしたことが発端です。「読書クイズは国語テストのために提示した1冊を読むのですが、そこで面白いと思えばそのシリーズを読んでいくということはよくあります。そうしたきっかけで、自分で探しているだけでは気付かないような本に出会ってほしいですね。
図書委員の活動も活発なようですね。
横倉先生:貸出ランキングや先生のお墨付き本紹介などを載せた図書館報を、各学期に1冊出しています。不定期で発行する「LIBRARY WORKS」というお勧め本の紹介もあります。それらは教員も多少校正しますが、基本的には間違えていなかったら直しません。僕らにはわからないセンスにあふれていますよ(笑)。

左)図書委員の生徒たちの個性が爆発! 図書館報「Le Livre」。
右)全学年の読書感想文からの選りすぐり作品と先生による講評で構成された「読書感想文集」。年に1回全員に配布される。

 

館内には、読書感想文コンクールの表彰状が多く掲示されていましたが、海城生は読書感想文にも積極的に取り組んでいるそうですね。
横倉先生:読書感想文のコンクールは、最近応募する学校が少なくなってきたといわれていますが、本校では夏休みの宿題として読書感想文を全学年に出しています。レポートも多く、海城はとにかくアウトプットをさせますから、生徒は大変だと思いますよ。全校生徒が書いた感想文の中から個性あふれる作品を選んだ「読書感想文集」も全員に配布しています。
読書を通してでも、一度体験しておくことはすごく大事
読書感想文などで、アウトプットすることは大事だと思われますか。
横倉先生:アウトプットしていかないと、言葉が自分のものにならないんです。ただ覚えるだけではなく、使えて初めてその言葉が身に付いたということになりますから。海城ではPA(プロジェクトアドベンチャー)やDE(ドラマエデュケーション)でも、やったあとに振り返りを必ず行いますが、読書も同じで、読んで楽しんだ後に振り返ることで自分が見えてきます。それが大切なんです。
海城では体験を大事にされていますが、読書も本の世界を体験できますね。
横倉先生:その意味で読書は必要だと思います。ほとんどの生徒が今、すごく恵まれた中で生活していますが、今後の人生においてどういう状況になるかわかりません。だからこそ、読書を通して理不尽なこともあり得ると知っておけば、ある種の心構えができ、パニックに陥らないで、冷静に受け止められる部分もあるはずです。実人生で体験できることは限られています。読書の中でも、多様な体験をしておくことはすごく重要です。
今回行われた図書館イベント「書評の集い」では4作品の中から生徒や先生が書評を書いたわけですが、書評を書くということは簡単ではないと思います。そこにも意味があるのでしょうか。
横倉先生:実は生徒はしゃべりたがっているんです。自分の考えを話したいけど、普段は空気を読んで、表に出していない“思い”というものがあります。感想文もそうなのですが、それを外に出す気持ち良さが、生徒からは感じられるんですよね。自分がしゃべったり、書いたりしたことを他人が受け取ってくれる実感をほしがっているんです。 今回のイベントでは書評には点数をつけ、ひとつひとつに豊崎さんからコメントをいただいたのですが、そういう自分の考えを相手に受け取ってもらえる体験は、実はあまりないのではないかと思うんですよ。だからこそ、書評で自分の考えを伝えることが、一つの喜びにつながって、普段の言動や一歩引いてしまうところで一歩踏み出せるんじゃないかなと思うんです。

本と出会い、体験し、アウトプットしていく生徒たち。

 

知的で教養があるということは、人として大事
いろいろなきっかけがある図書館は、生徒にとってどういう場所であればいいなと思われますか。
横倉先生:知的発見の場所であればいいなと思います。昔はものを知っていたら偉いという風潮があったと思うのですが、最近は、教養というものが軽んじられてきて、ものを知っているとキワモノというか、変人のような扱いを受けたりするじゃないですか(笑)。でも、知的で教養があるということは、人として大事だと思うんです。 それに教養や読書というものは、個人の中で完結せずに、それを通して人と人とを結びつけたりもします。例えば感想文集の中で、ある先輩がある作品についての作文を書いていた。それを部活の後輩が読んで先輩に声をかけることで、先輩と後輩が本を介してつながる。そういうことは結構あって、本の話をすることで人と人との間の風通しが良くなることもあります。だから読書には、自分の内側を深く掘り下げる側面と、外に開いて人と人とをつなげていく側面、その双方向の効果があると思いますね。
横倉先生がブックレビューなどで紹介している本からも、それを生徒が読んでくれたら先生とのつながりが生まれますよね。
横倉先生:そうですね。つながりというと…最近「プリズン・ブック・クラブ」という本で書評を書いたんですが、この話が「読書とつながり」について考える上で参考になりました。この本は刑務所で行われた読書会の1年をルポルタージュしたものです。刑務所内で多くの人は孤立しがちです。とくにアメリカだと宗教や人種が多様なので、その違いでグループを作って敵対し合うことも多いそうなのですが、読書会ではそんな人達が違いを超え、ひとつの作品を読んでみんなで話し合うことで別の豊かなつながりを作っていきます。本にそういう力がある。また、例えばロシア人でなくても「罪と罰」を世界中の人が読みますが、人種も言語も違う何の接点もない人たちが一堂に会した時、ただ一点「互いに罪と罰は読んでいる」ということで、「これを読んでいるならこいつは信用できる」と一気に互いを信頼し合える、なんてこともあると思うんですよね。 よくグローバル社会で人とつながるためには語学が大切だと言われますが、本やある種の教養にも、別の次元で人と人とをつなげ、より深い信頼関係を両者にもたらす効果があると僕は思っているんです。それが生徒に伝わればいいなと、いつも思っています。
そういう例を聞くと本には様々なものとつながれる力があることがよくわかります。
横倉先生:ただ、僕たちが苦慮しているのは、ひとつのものがいいとなると、皆がそれに群がって、そうあることが安心で、それが良いことなんだという空気が出来てしまう。そういうつながりも世の中にはすごく多いと思うんですね。多様なものを享受することがどんどん無くなるという心配は感じますね。
だから「空想科学読本」もいいけど他も読んでほしいということで、生徒や教員、イベントに参加していただく豊﨑さんのような外部の方にも本を勧めてもらっています。多様な本との出会いが人間を豊かにするように、多様な人との出会いも人を豊かにすると思うんです。 生徒は将来、さまざまな仕事に就いて、こちらの常識が通用しないような生き方をしている人と一緒に何かをやっていかなければいけないこともあると思うんですよ。海城のような男子校の進学校というのは、ある意味均質で、ある意味居心地が良い場所ですが、それだと多様なものの中に入って渡り合っていくことが苦手になってしまう可能性もあります。居心地がいい場所も大事ですが、異物のない空間で6年間を過ごしてしまうのではなく、なるべくいろんな種類のものを提示して、多様な体験を本で読んで少しでもしてほしいと思うんです。

たくさんの線と付箋によって、横倉先生の血肉になった本。

 

自由は選択肢を知って初めて自分で獲得していくもの
先生が考えられる読書は、何でも良いから本を読め!というわけではない?
横倉先生:そうなんですよ。「本なんて生徒が勝手に自由に選んで読めばいい」と思われがちですが、そういう自由は自由じゃない。そこは皆が勘違いしてると思いますね。生徒に自由に読ませると一斉に「空想科学読本」ばかりを読み始めます。自由と言いながら多様性がない。なんでかって言うと彼らは選択肢を知らないからです。自由に選ばせると結局売れているものとか、一つの方向に行きがちなんですね。それは実は自由ではないんです。だから僕らが「読書クイズ」で選ぶ本も、「これは普通に過ごしていたら読まないな」というタイプ…例えば中学生に藤沢修平の「蝉しぐれ」などを選んだりもします。そういった、書店にあっても今まで素通りしていたような本をあえて選んだときに、結構な数の生徒が「これ、意外に面白いじゃん!」となって他の作品も追いかけるなんてことが実際にあるんですよ。もちろん藤沢周平が合わない生徒もいます。でも少なくとも藤沢周平という選択肢を彼らは知った。自由とはそういう形でまず選択肢を知り、その上で獲得していくものなんじゃないかと思うんです。まずは選択肢が示されないと何も選べない。だから僕らはなるべく多様な選択肢を彼らに示し、その自由の幅を広げてあげられたらと思いっています。
横倉先生は書評を書かれるときに付箋を貼ったり、線を引いたりして読まれるとのことですが、何か読み方のアドバイスはありますか。
横倉先生:僕は本を読みながら、自分が引っかかったところや、もう一度読み返したいなと思ったところに線を引くことが多いんです。爪痕をつけるというか。読み終わったあとに、線を付けたところを読み返すことで初めて自分のものになって、消化できた気がします。付箋は線を引いたところからさらに選んで、何かのときに話をしようとか、書評を書くためにつけています。実は僕、電子書籍では全然読めなくて(笑)。アンダーラインを引くことは機能的にはできるし、そこだけ検索することもできると思うのですが、自分で線を引くことで、本を食べているというか、言葉を食べている感じです。

課題図書の書評を採点して、互いに批評。
生徒も先生も関係なし。書評家の豊﨑由美さんも参加。
聞く限りは面白そうだが、どんな展開になるのか予想がつかない図書館企画のイベント「書評の集い」が、6月3日に海城中学高等学校で行われた。 同校図書館では昨年も豊﨑さんを講師に迎えて読書に関する講演会が開催されたそうだが、今回は先に提出された「書評」とその点数を見ながら、豊﨑さんを交えて自由に意見し合うというイベントだ。以前から豊﨑さんの「書評講座」に参加していた横倉先生の話を聞いて、図書委員の生徒たちが企画したという。

課題図書は4作品。
●恩田陸「夜のピクニック」
●スティーブン・キング「ゴールデンボーイ」
●吉村昭「羆嵐」
●長嶋有「ぼくは落ち着きがない」

800〜1600字程度の自由形式の10編の書評と、9人の生徒と7人の先生による採点結果が配布され、イベントはスタートした。

まずは書評とはどういうものかを豊﨑さんが話してくれる。
「書評は読んでいない人に読みたいと思わせるもの」だから、「読んでいない人にわかりやすい言葉であらすじを書き、どうして面白かったかを伝えるもの」という言葉に、大きく頷く生徒と、少し顔をしかめる生徒。反応が早くも面白い。

豊﨑さんがつけた書評の点数が発表されて一気に場が盛り上がると、いよいよ各書評に対する講評が始まった。高い点数をつけている人にその理由を語ってもらい、それに対して豊﨑さんを中心に意見を出し合う流れ。同じ作品の書評が続くこともあるが、評者によって文体も注目点も紹介人物も異なり、感想も意見も全く違う。まるで違った本の書評にも思えてしまうほどだ。
豊﨑さんからの「この持っていき方はうまいね」「ここは惜しい。誰のことかわからないから、こうしたら?」といったプロとしてのアドバイスは具体的かつ実践的。ストレートで的確な感想コメントも面白く、つられた参加者からも「片方の世界に偏らずに論じているのはさすが」「最後が理屈っぽいかな」と率直な意見が飛び出す。

今回の“書評の集い”では、生徒も先生も関係ない。自分が書いた書評を誰かから真剣に評される喜び。誰かが真剣に書いた書評だからこそ、考えを整理して言葉を選び自分が評する楽しさ。それらが交錯し満喫できる時間だったのではないだろうか。

「書いて評価されるのは怖い。でも、そこに挑んでいることがすごいなと思った。今回の講座に参加したところで、何かの成績の点数になるわけでもないんだけど、でもこういう、いっけん無駄な時間が実はすごい大事。それは長く生きていろいろ人生通り抜けてくると本当によくわかる」という熱いメッセージを、豊﨑さんから最後に送られた生徒たち。“貴重な無駄”の価値を感じた生徒は多かったようで、参加者はもちろん見学者からも「次回は書いて参加してみたい」「意見を言いたい」という声があがった。次回は未定らしいが、かなり強烈で愉快な書評と講評が飛び交う時間は再びやってきそうだ。
PROFILE
豊﨑由美さん
(とよざき ゆみ)
1961年、愛知県生まれ。書評家(ブックレビュアー)。『テレビブロス』(隔週刊TV誌)、『GINZA』(月刊女性誌)の連載を始め、新聞・週刊誌・文芸誌等多くの媒体に書評を執筆。国内外の純文学からSF・ミステリー・ノンフィクションまで幅広いジャンルを手がけ、分かりやすく率直な文章で作品の魅力を提示し、多くの読者から絶大な支持を得ている。また、その執筆のかたわら、日本各所で行われる読書イベントやラジオ番組に意欲的に出向いていっては直接その「声」を通して聴衆・リスナーに本の面白さを訴えかけ、笑いと情熱がほとばしる絶妙な語りで多くの人々の読書意欲を刺激している。著書には、「負けたくない」14歳のための読書ガイド『勝てる読書』(河出書房新社)、過去の名作をダメ男小説として楽しむ『まるでダメ男じゃん』(筑摩書房)、書評の意味や役割を書評家自ら考察した『ニッポンの書評』(光文社新書)など多数。

6年 満井くん
今回僕は、書評を書かずに採点だけに参加したので、すごく後悔しています。生徒と教師が一緒になって批評をして批評されるすごく貴重な機会だったので、ちゃんと書評を書いて参加すれば良かったと思いました。皆さんの書評がすごく面白かったので、僕も周りから面白いと思ってもらえるものを書いてみたいです。僕は最高学年ですが、卒業までにもう1回やってほしいですね。
2年 遠田くん
プロの書評家の方から普段聞けない貴重なお話をいっぱい聞けて、学ぶことがすごく多かったです。書評の書き方だけではなく、これから本を読むときは豊﨑さんがおっしゃっていたような一段深い読みができるようになりたいと思いました。僕は今回書評を書いていないのですが、次回があれば2本でも3本でも書いて、自分のコメント力やどう評価されるのかを知りたいです。人から批評してもらうことで、勉強になる部分も多いと思いました。
5年 澤江くん
今回は生徒側の企画部長だったので書評は義務感で書いた面が強かったのですが、おかげで肩の力が抜けていたのか、初代の書評王をもらえて嬉しいです。次は全員から高評価を得られるような書評を書きたいですね。今日は僕と同じ本の書評が他にあって、横倉先生は僕ではない方が高評価だったんですよ(笑)。自分は普段、図書館報で文章を書いていますが、発信するだけの一方通行でフィードバックは一切返ってこないんです。だから批評される機会だった今回は、とても面白く、いい経験をさせてもらえたなと思っています。

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