【明星学園中学校】
発想力・探究力を伸ばす数学授業

数学は哲学だ!自由な発想で物事をとらえる明星学園の数学授業 明星学園中学校
明星学園中学校では、通常想像しがちな授業の枠を超えた、生徒自身の発想力や探究力を伸ばす個性あふれる「授業」が展開されています。ココロコミュEASTでは、美術科授業木工授業理科授業に続き、数学科の授業を紹介。授業のレポートと中西正一先生へのインタビューで、明星学園中学校の数学授業を探ります。

REPORT

中学2年生 数学授業
「図形の変換」

01

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課題に挑戦

前回の授業で、装置を使って相似変換と合同変換を知った生徒たち。
今日は、同じ装置を使っての新たな変換を発見する課題に挑戦する。

課題

光学変換装置において、垂直に立てたスクリーンを下は固定したまま上を後ろに30度ほど傾けると、45度回転させた正方形の元絵はスクリーンにどういう像として映るか?

課題のプリント
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自分の考えを書く

02

生徒たちは自分の考えた形や理由をノートに書いていく。
その内容を見て回る中西先生からは
『いいこというね、理由も書いといて!』
『おお、なるほど!』
『そっか!オッケー、オッケー!』
と、それぞれの考えを引き出す声がかかる。

生徒のノート

03

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考えを提案する

『みんなの考えを発表してもらいます』
45度回転させた正方形の元絵を黒板に書く中西先生。
声がかかった生徒は前に出て、自分の考えを書いていく。

合っている、間違えている、人と同じ、人と違うは関係ない。
まずは自分の考えを持つことが大事。
それを知っているほかの生徒たちは、自分の答えを確認しながら見守っている。

明星学園中学校の発想力・探究力を伸ばす数学授業風景

黒板には<ア><イ><ウ><エ><オ>の5つの考えが出そろい、中西先生は生徒に自分と同じ考えのものに挙手させる。

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“考え”の理由を考える

04

生徒たちが選んだ回答は、
(ア)1人 (イ)2人 (ウ)9人 (エ)1人 (オ)7人  (ハテナ)10人
このハテナが明星学園ならでは。

「最初はアと思ったんだけど、30度倒すから違うかもしれない」
「どこかに接すると思うけど、どこかわからなかった」

ハテナと思ったことを恥ずかしがる必要はなく、
ハテナになった理由を説明することが大切だ。
<ア>~<オ>を選んだ生徒は
ハテナを自分の選んだ答えで納得させる理由を考える。
なぜ、こうなるのか?

05

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分析して結論を導く

生徒たちが理由を説明する中で飛び出すキーワードを、中西先生がピックアップしていく。
『今、横幅についての考え方が出て来ているね。どうして横幅が一緒なんだろう?』
『光が当たる距離は全部同じ?』
『この形何だろう?そう、直角三角形だ!』
『その考え、前で書いてみて』

自分たちで「こうじゃないの?」と考え、「これだ!」と発見して、答えに近づく過程で、
これまで学んだ数学の知識を生かし、新たな知識を得て、複合的に理解していく。
いろいろ出てくる意見を考察しながら、結論(ウ)へと絞り込んでいった。

中学生の学びに限定せず、答えに至る理由を考えながら幾何学の本質を理解する明星学園中の数学授業。
次回の授業では、(ウ)になった理由として考えたことを、装置を使って確認するそうだ。

TEACHER INTERVIEW

数学は哲学的な要素が強くて、
それを科学に応用できるところが
素晴らしい

明星学園中学校 数学科教諭 中西正一先生

中西正一先生
明星学園中学校 数学科教諭

中西正一先生の数学の授業

自由に学問をとらえないと、
誰かの考えた問題に公式を
あてはめることしかできなくなる

― 今日の授業は、解答の理由を考えるという数学の授業としてはとても新鮮な内容でした。

中西先生 他の学校が一切やっていないような内容でしたよね(笑)。大学生になって初めて知ることになる射影変換の一部である「アフィン変換」という考え方を軸に、今日の授業は作られています。

幾何学が哲学的に捉えられるということが、19世紀に射影変換によって起こるのですが、普通はそんなこと一切知りませんよね。教科書にも載っていません。でも、そういったことをちゃんと扱えると、なぜ数学を学ぶのかにつながってくるんです。数学は哲学的な要素が強くて、その哲学的な要素を科学に応用できるところが素晴らしいんです。

― 数学に哲学的な要素が強いという発想はなかったですね。それが明星の数学の授業のベースにある考えですか。

中西先生 すべてのものはコミュニケーションをとるためのツールの一つにしか過ぎないわけで、犬と猫の名称が逆転していても別にいいわけです。数学もそうで、1+1が2だと思っていますが、1+1が2にならないこともたくさんあります。掛け算も、3×5と5×3のように、一見同じだと考えられているものが、ものの見方をどう定義してどう考えるかによってそれが全く成り立たない数学の世界もあるんです。その閉じた世界の中で、どういう整合性を見つけていくか。1+1が2になることもあれば、そうじゃないこともあるということが、数学ではとても大事な発想なんです。

自由に数学をとらえないと、誰かの考えた問題に公式を当てはめることしかできません。そうすると、あってもなくてもどうでもいい教科になってしまいます。でも、数学はもっと自由な発想で物事をとらえられる教科なんです。そのひとつが「射影変換」で、19世紀にクラインという人が起こした数学の大革命です。21世紀になった現代でも、今日の授業のような形で扱えるし、それによってものの見方が全く変わってしまうんです。

― 授業でテキストは使われていませんでしたが、今日のような内容は中学の教科書に載っていない?

中西先生 高校の教科書にも載っていないと思います。「アフィン変換」なんて聞いたことないでしょ?(笑) でも、明星の中学生は全員知っています。しかもそれを使いこなすことで、自由なものの見方がそこに限ってはできています。本当はこれが高校までつながれば、もっとすごいことが見えてくるんですけどね。

「アフィン変換」の先に「射影変換」というものがあって、プロジェクターを使うとき補正してくれる機能がこの「射影変換」を利用しているんです。そういう技術に応用されていることはまだ知らず、ただ画像を投影する機械だなと思っているだけだと思うのですが、そういった見方までできるようになってくると面白いんですよね。

― 今日の授業を見ていると、「これがこうなります」ではなく、まるで生徒が考えて発見したような錯覚を起こしました。装置を使って正方形に光を当てるとどうなるんだろう?と考える。その見方の積み重ねが、生徒たちに数学の総合的な力をつけていくのでしょうか。

中西先生 そうだと思います。あと、合同変換と言われて合同なものを見せられても、どう変換したのか全くわかりませんが、装置のレンズを通して合同に映すと、装置によって変換したんだと理解できるんですよね。そういうこともあって教具を使いながら授業を行っています。今日使っていた装置で「アフィン変換」まで扱えるし、その先の「斜影変換」まで実は全部できるんですよ。

今日の正解は縦の伸びが同じで横幅が変らないひし形(ウ)です。では、今度はでたらめにスクリーンを置いたらどう映る?という話になります。つまり後ろにも横にも傾いている。そうすると、平行性だけは残るんですよ。だから平行四辺形に映るんです。単純にこれだけの話なんです。

アフィン変換イメージ図

合同変換というのは同じ正方形の方眼が、同じ大きさの正方形方眼に変わる変換。相似変換というのは同じ正方形方眼が大きくなった、もしくは小さくなった方眼に映る変換。「アフィン変換」は、正方形もしくは長方形の方眼が平行四辺形の方眼に映るということです。すべての三角形は、正三角形を「アフィン変換」したものとも考えられます。教科書に「三角形と比の定理」がありますが、難しいんです。でも、「アフィン変換」をとおして考えた時、生徒たちは「なるほど!」と感動してくれます。「アフィン変換」というのは、平行性が保存されているということで、一直線上の伸びも常に均等なんです。

― 教科書で習うことをわかりやすく解説している授業ではないですよね。

中西先生 そうですね(笑)。もちろん教科書に含まれている内容とつながらなければ意味がないのですが、目指しているのはその先です。将来に向かって生徒たちが自由な発想で数学観を持ち、数学を専門としなくても日常的に数学的なものの観かたを持てるようになってほしいんです。もし数学の道に進む子がいれば、そこで新たな発見をしてほしいしと思っています。適当に書いたいびつな三角形を見ても「これ、もともと正三角形だ!」と考えることができれば、ある長さを求めるためにわざわざ教科書に書いてあることを丸暗記する必要がないんです。いろいろな三角形は正三角形を「アフィン変換」したものだから、全部正三角形に戻してあげれば済むんです。

自由な発想で数学観を持たせる数学の授業

議論の中で違うと思えば変えていくことが大事
かたくなに自分の考えを持ち続けることは、
もっとも不自由なこと

― 今日の授業で、生徒たちは自分の考えを迷いなくしっかりと主張していました。

中西先生 この時期は、その連続なんですよ。だって正解を知らないのに理由を考えろと無茶ぶりしているわけですから(笑)。ハテナでもいいから何かしら言わせる。しかも考えを書ける子には、理由を言わせずに書かせるだけ。本当は考えを書ける子は理由を言いたくて仕方がないんです。でも、それをさせてしまうと考えを書けた子だけの授業になってしまいますから、ハテナを選択した生徒から先に理由を言わせるんです。そうすると、ハテナの子に対して何か答えなきゃ!説明しなきゃ!となっていって議論が始まります。わからない理由を言ったことに対して、「こうじゃないの?」って一緒に考えてくれる仲間がいたら心強いでしょ?

― ハテナに価値を持たせているのが明星学園の指導ですね。

中西先生 だから、単純に答えを考えた子たちが、ハテナの理由を聞いて自分の考えを取り消すことが多々あります。そこでハテナってすごいなと思える。これを1年以上続けているから、ハテナの考えをしっかり聞いておかないと!すごいことが出てくるかもしれない!と思えるんです。

― 他の意見を聞いて「そうだ、違った」と思えば「私の考えは違っていました」と言えるところもいいですね。

中西先生 議論していく中で違うなと思ったら変えていくんです。でも、その変えていくことが大事なんですよね。かたくなに自分の考えを持ち続けることは一番よくないことなので。そこで変えた理由を言えたらもっといいですね。

中西先生の探求力と発想力を伸ばす数学の授業

全部定義だ、決まり事だと思ってしまったら、
何も考えない

― 中西先生はこの授業をどういう思いで始められたのですか。

中西先生 自分が中学に入ってすぐ、数学で「正負の数」を教わったときに、「なんでこんなにワケのわからないこと学ぶんだろう?」と思いました。
そんなとき図書館に行って本を探していると、たまたま数学教科協議会や明星の先生が書いている雑誌を手にしたんです。そこにはなんと僕が求めていた根拠がちゃんと書いてあったんですよ。「え? 単純にこうなっているわけじゃないんだ?」ってことがわかった中1のその瞬間に、数学にすごく興味を持ちました。

それがきっかけで独学で数学を勉強し始め、高校生になった頃から教科書の順番がおかしいなと思うようになりました。中学で最初に学ぶのが正負の数でいいのだろうか。抽象的すぎて苦手意識を持たせてしまう。それなら中3で学ぶピタゴラスの定理の方が具体的で、「数学ってすごい!」という意識を持たせられるのに。そんなことを想っていました。
大学が東京だったので、明星のことはいろいろ調べて知っていたんです。明星を卒業生した先生にたまたま数学科教育法を教わって共感したこともあり、結果的にこうして明星学園の教師になりました。

でも、僕が来た当初は、中1の初めにピタゴラスの定理から入ることを他の先生から不安視されました。ただ2年目で中学1年の担当になり、思い切ってピタゴラスの定理から始めたんです。それ以降、他の2人の先生もやってくれるようになり、共同で実践を現在に至るまで積み上げてくることができました。

― 中西先生は明星学園で数学を教えられて何年ですか。

中西先生 28年目です。でも、内容は相当変えてきましたよ。卒業生に会うといつもごめんなさいって感じです(笑)。でも、改善し続けないと、楽しくないですからね。生徒によってもクラスによっても意見の出方は変わりますし、クラスによって課題を変えることもあります。それが楽しいから続けられています。

― この順番ややり方で、間違いないと実感されることはよくありますか。

中西先生 いっぱいあります。子どもたちから「なんで?」が出てくると「これだ!」と思います。でも、「なんで?」って思わなければ、覚えるだけですよ。決まりなのか、法則なのかもわからないわけですから。いくつか定義をして、その中で整合性があるもの、法則みたいなものを見つけて、作られていくのが学問の世界で、数学もそうなんです。なのに、ほぼ定義、決まり事だと思ってしまったら、何も考えないでしょ?

生徒から「なんで?」と言う探求心を引き出し、覚えるのではなく考える力を伸ばす数学の授業

自由とはより良い選択ができること

― その発想は普段の生活にもつながっていくかもしれませんね。

中西先生 問いに対して「こういう見方をした方がいいと思う」と言えることが自由だと僕は思います。そして「自由って何か?」と問われたら、「より良い選択ができること」と答えます。そのために学問というものが必要で、学ぶことでその選択ができるようになるんです。選択ができなかったら言われたままですよ。「こっちがいい」と思えたら、ベストではなくてもベターなんです。自分がいいと考えて行動していけることが、とても大事です。

― 世の中での数学というのは、「こっちがいい」とか自分の意見や考えを言う教科のイメージが全くないですね。

中西先生 ないでしょ? ほぼ受け身ですからね。僕も最初はそうだったんです。でも、「こう考えてもいいんだ!良かった!」ってなったんですよ。ただ、僕が学生の頃にそれを先生と対話できなかったことが、すごくもったいなかったなと今になって思うんです。

― その意味では、今、生徒たちとどのような対話を大事にされているのですか。

中西先生 子どもたちから疑問が出たらできる限りそれに応えるし、課題も変更していきます。「これが何の役に立つの?」と言われても、答えなんてないんです(笑)。やっぱりこれは哲学につながる。そこにたどり着けるということがとても重要で、それが単なる個々の哲学で終わらないのが数学の良さです。「こういうふうに決めて考えていこうよ」という土台が整えば、その中に整合性があるかないかというのは全員が判断できるんですよね。

幾何学の世界にはユークリッド幾何学のほかに、非ユークリッド幾何学の世界やさらに抽象的なものがいっぱいあるんです。僕も知らないことだらけですが、前提を何にするかで全然違ってくる。そのことに気づけたら、本当に楽しい。数学って本当はそういうものなんです。

生徒たちとの対話について語る中西正一先生

大人は、子どもが知的に何かを考えるための
質の良いヒントを出すべき

― 中西先生は、どうすれば数学を好きになると思われますか。

中西先生 それは難しいですね。僕は、どう教えても好きにならないと思うんですよ。興味を持ったときにすぐ行動できるかどうかだと思います。だって、皆さん良い本をすすめられたからといって、すぐ読むものばかりじゃないでしょ。何かしら引っかかるところがあったときに、すぐに行動するかどうかで違いが出ます。それで人生が変わることもたくさんあります。きっかけは単純なもので、そういったことを日々の授業の中で用意できているかどうかで、数学が好きになるかどうかが決まってくるのかなと思います。

今日の授業もそうですが、僕から答えを言ったらだめだと思っているんですよ。ただし、ヒントは出します。大人は、質の良いヒントを子どもに出せばよいと思っています。「それ、答えじゃん!」っていうようなヒントではなくて、子どもが知的に何か考えるためのヒントがいいですね。

― なぜ、今の数学は難しそうに作られているのですか。

中西先生 小中高の12年間でユークリッド幾何学から一歩も出ようとしていないから、そこが最大の欠陥です。大学になった途端、非ユークリッド幾何学に触れるんですよ。だから、大学に入ったら楽しいですよ。自由にいろいろ考えることができたら、絶対に面白いです。ただ、逆に問題を解くのが数学じゃないの?と思って、やめてしまう大学生も多いんです。

この取材をきっかけにこういう授業をやってみようかという教員が増えてくれるといいですね。また、ユークリッド幾何学で閉じないで非ユークリッド幾何学の世界まで冒険してくれる数学の教員が増えてほしいです。中学・高校でも全然いけますよ。

― 今日は、数学観が変わりました。今後はハテナを前向きに捉えたいと思います(笑)。

中西先生 我々教員もわからないことはわからないと言えたら楽ですよね。だれもがこのポジションのはずなのに、つい知ったかぶりをしてしまうんです。それをしなくていいって幸せですよね。

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