【国学院大学久我山中学校】
日本文化と心を知る能楽教室

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国学院大学久我山中学校女子部「女子特別講座」として高校1年で行われてきた「能講座」。3年前からは男子部でも、「男子部 特別講座」として、中学2年生を対象にクラスごとに全8回の「能楽教室」が行われています。
天女が登場する『羽衣』を取り上げ、衣装や面(おもて)をコーディネイトしながら、色彩感覚、色に関わる日本の決まりごとなどを学び、具体的な能の実践に合わせて、日本の美しさ、女性の装束や古典柄の魅力などに親しむ女子部の「能講座」。男子部では、能とは何かを知り、正座や礼(おじぎ)の仕方やまっすぐ前を見て動かない姿勢に挑戦。さらに各クラスで仕舞の舞や謡を稽古するなど、普段は知り得ない世界が体験できる時間になっています。能楽師で金春流シテ方の髙橋忍先生に能の真髄を直接学ぶ貴重な時間。足を踏み入れた久我山男子たちの成長の様子を取材しました。

REPORT

男子部特別講座
能楽教室

国学院大学久我山中学校 能楽教室の授業風景

けじめをつけて堂々と、
しっかり前を向いて

普段は男子が入れない女子錬成館で行われる能楽教室。広い作法室に入って足袋に履き替えた生徒たちは、整列し、正座し、徐々に静かになっていく。その様子を黙って見守られていた髙橋先生。ほぼ全員が姿勢を正して顔をあげると、「礼」の掛け声に全員で「よろしくお願いします」と声をそろえ、きれいに頭を下げた。「能楽教室」で教わったのは、お互いがきちんと顔を合わせてこその挨拶だということ。「挨拶はルーティンではないことを忘れないでください」と髙橋先生が声をかけた。

国学院大学久我山中学校 能楽教室の授業風景 あいさつ

あきらめずにやれば
必ずできることを知る

今日は「能楽教室」全8回の最終日。最初はプリント見ながら、謡を復習。「能楽教室」では、「芦刈(あしかり)」という謡の文句を1曲を全部覚えて謡うことが課せられている。最初は髙橋先生の良く通る歌声に続き生徒たちが大きな声で謡う。そして2回目は何も見ずに生徒たちだけで最初から最後まで謡いあげた。
「立派でした。とても難しい謡でしたが、最後まで全部覚えきることができました。最初はこんなもの覚えられないと思った人もいるかもしれませんが、あきらめずにやれば必ずできますからね。まずはトライしてみよう!」と髙橋先生。生徒たちもほっとした表情をのぞかせる。

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先人に礼を尽くし、
切磋琢磨した稽古を魅せる

先生の解説付きで舞の復習をしたあと、生徒は二手に分かれて交互に謡と舞を披露。「一人ひとりが舞台での本番だと思って真剣に最後までやり通そう」「最後の舞だから頑張るんだよ!」と、所々で背中を押す髙橋先生の言葉に場がきりっとする。
クラスの仲間の流麗な謡に合わせて、扇を扱いながらさまざまな舞が盛り込まれた「芦刈」を真剣に舞う生徒たち。もちろん完璧ではないのだろうが、前を向いて堂々と謡い舞う姿からは、真摯に向き合った稽古の成果が感じられる。髙橋先生からいただいた「良く頑張りました!」というお褒めの言葉も心に響いたに違いない。

国学院大学久我山中学校 能楽教室 稽古の様子

本物の舞に合わせて謡う
貴重な体験

その後、能楽師のシテ方としてたくさんの舞台に立たれている髙橋先生が、生徒たちの謡に合わせて舞を披露。力強くもしなやかな本物の舞に圧倒されながらも、生徒たちも頑張って謡で支える。「ちょうどよい速さで歌ってもらいました。卒業生として後輩に歌っていただいてこんな幸せなことはありません」と言ってくださり、生徒たちも嬉しそう。

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能の世界を通して知る
人としての姿勢

その後、実際に舞台で使う能面を全員が体験させていただく。「大切なものなので、扱いに気をつけてください」と髙橋先生は静かな声で仰るだけだが、持ち方やさわって良い場所などが説明され、先生の言葉の端々から価値あるものだということを感じる生徒たち。しかし、初めて見る面のいろいろな顔には興味津々。思わず笑みがこぼれる。その面の小さな穴から見えるのはわずかな視界を頼りに、対面にいる友達のところへすり足で歩き、その難しさを実感した。
「顔をあげて水平に見ないと見えなくなる。人と話すときも下を向かずに顔をあげること」と、ここでも髙橋先生からアドバイス。能の世界に刻まれた日本文化だけではなく、人として大切な学びや姿勢を、生徒たちはこれからの生活に結び付けていくに違いない。

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能楽教室での体験を
気持ちの糧に

最後は正座をした状態でまっすぐ前を見ての静止に1分間挑戦。
「このクラスは最初の10秒から今まで失敗がなかったのが立派でした。今日も最後まであきらめずに頑張ろう。一人ひとりが頑張れば、いいチームになるはずです」という髙橋先生のお話から1分がスタート。屋外の鳥の声だけが響いてくるほど部屋が静まり、誰も笑ったり、ふざけたりせずに、前を見て静止したまま1分間が過ぎた。
「よく頑張った。このクラスはすごいよ。すべての秒数で合格しました。1分は長いけれど、最後まであきらめずに頑張ればいろんなことが成し遂げられます。これからも今のことを思い出して、自分の気持ちの糧にしてくれればと思います」と髙橋先生からメッセージ。最後もきっちりと向き合って挨拶をして、「能楽教室」は終わりを迎えた。
礼儀作法やコミュニケーションの学び方にはさまざまな方法があるが、能の歴史や意味を知ったうえで、自分たちでも実際に舞や謡に挑戦し、その心や姿勢を体験して身につけていく「能楽教室」。これは、国学院久我山中にしかないものだった。

STUDENT’S COMMENT

国学院大学久我山中学校 能楽教室 Tくんのインタビュー

Tくん
今日は能の面(おもて)をつける時に、彫った人の名前が裏に書いてあるのに気づいて、どんな気持ちで作ったんだろうかと想像が広がりました。最初に「稽古」とは「古(いにしえ)を稽(考)える」ということだと学んだのですが、その“古”を自分の体や声や態度で表現するのはとても大切だと感じています。知識や問題の解き方など技術面に重点のある普段の授業と違って、能を通して教えていただいたのは礼儀や時間、最後までやり抜くことの大切さ。普段の授業では自分の知識と向き合うことが多いですが、能の時間は人生を意識する場面がたくさんあります。「自分に悔いのないように」という言葉は糧になると思っています。集中力も上がりました。宿題をする時など、「髙橋先生は、ああ言われていたな」と思い出してアドバイスを取り入れています。人生の大事な場面でも実践していきたいです。

国学院大学久我山中学校 能楽教室 Aくんのインタビュー

Aくん
1分間静かにするという体験があって、最初は10秒ぐらいだったので「簡単だな」と思っていたんです。でも、回を重ねるごとにだんだん長くなって、今日の1分間は本当に長く感じました。この1分間でいろいろなことが日常でもできるんだ、と気づきました。1秒1秒を大切にする姿勢は、テストで最後の最後まで考え抜く力にもつながり、これからの人生にも活かせるものだと感じています。髙橋先生に「起立、礼から始まる挨拶はルーティンじゃない」と言われたことで、挨拶の大切さも学ぶことができました。それに重苦しいイメージしかなかった日本の伝統文化がとても身近になったと思います。今回は教えていただく立場でしたが、能を極めている髙橋先生は楽しそうだったので、将来自分も何かを極めて、他の人に伝られる人になりたいです。

MASTER’S INTERVIEW

能楽師 金春流シテ方 高橋忍先生

能楽師 金春流シテ方
髙橋 忍先生

堂々と生きて行けるための気づきに

― 男子部「能楽教室」での指導におけるお考えを教えてください。

高橋先生 中学2年生はとてもやんちゃな時期なので、その男子らしいものが何かできないだろうかいうお話があり、我々の修行時の「稽古」をさせていただこうと思いました。まだ中2ですから将来のことを具体的に考えてはいないでしょうが、いずれ人前に出ていろいろな発表をしなければならない時がきます。大学のAO入試や会社での面接で、もじもじしているようではアピールができない。人前に出るということ、人前に出るためにはどれだけの準備をしなければならないかを、我々が舞台に1人で出て行って演じることとリンクさせて伝えられればと思いました。我々も舞台では緊張しますが、その中で決められたことを間違いなくやろうと努力していて、みんなにもそれができるようになると気づいてもらえることを目指しています。

― 練習ではなく「稽古」。そこにはどのような意味があるのですか。

高橋先生 野球やサッカーは練習、柔道やお茶は稽古ですね。つまり、日本で発祥したものを学ぶことが稽古なんです。稽古とは「古(いにしえ)を稽(考)える」という意味で、そこまでの道を作ってくれた先人たちに感謝し、その上で先人たちに追いつけ追い越せと切磋琢磨すること。日本の文化には先人に礼を尽くすというスピリッツが入っていて、ここが練習とは違います。
柔道も剣道も相撲も、すべて礼から始まります。普段の起立・気をつけ・礼・着席も単なるルーティンではない。礼がちゃんとできていなくても、先生方は注意していられないでしょうが、「能楽教室」は単発的に8回しかないので、全員が顔を上げてこちらを見るまで僕は挨拶をしません。普段の教室と違うこともあって騒がしいクラスもありますが、僕は静かにしろとは言わずにじっと待っています。絶対に怒りません。すると最初の頃より「静かにしろよ」「時間始まっているぞ」と空気を読む子が増えてきて、僕が黙れば静かになる時間がだんだん早くなっていきました。担任の先生方も、「今までいくら言っても静かにならなかったのに、こちらが黙ると静かになるようになった」とおっしゃっていて、そのようなことが多少は意識できる効果があったのならうれしいですね。
舞台で人前に出る機会が多いからこそ、教えられることがあると思っています。

能楽師の高橋忍先生と国学院大学久我山中学校生徒の能楽教室の稽古風景
― 「能楽教室」の内容やそれぞれの学びでの目指すところは?

高橋先生 能の歴史を知らない子が多いので、まず1時間目は室町時代から受け継がれてきた伝統文化について、2時間目は能を大成した世阿弥の言葉「初心忘るべからず」や「離見の見」などを中心にお話します。
その間に、人前に出た時にちゃんと自分の名前を名乗れるかどうか、全員に自己紹介をしてもらいます。順に立って、学校名と学年クラス、出席番号、氏名だけを言ってもらうと、みんな早口で……。その後で「出るところへ出たら勝負できる男になるために、勇気をもってゆっくりしゃべろう。いつもよりちょっと大きな声でしゃべろう。そうしたら相手もちゃんと聞いてくれる」と話します。
そして次の時間から毎回1列ずつ、自己紹介をしてもらいます。内容はもちろん、ワイシャツのボタンなど服装の準備もちゃんとしようと言うと、だんだんできるようになってきます。
その次は、静止です。初日は10秒間だけ、座ったまま胸を張ってまっ直ぐ前を見る。それから毎回5秒、10秒と増やしていって、最終的には1分間です。1分は結構長く、今まで聞こえなかった物音が聞こえてくるかもしれないから準備が必要なわけです。それは本番に対する準備でもありますが、「これからやるぞ」というオンとオフの切り替え。ですから静止1分の前には、必ずリラックスする時間を与えて、しっかり集中させています。時々、笑ってしまうクラスもありましたが、ほとんどは全員黙ってできました。一人ひとりが意識をすると、クラス全体が整って強い力になるということを学んでもらうために、自己紹介と静止の時間を設けました。

― では、男子部「能楽教室」を指導されてきた髙橋先生から生徒たちへのメッセージを。

高橋先生 能楽教室には教科書もカリキュラムもありませんから、これから世の中に出て堂々とした男になれるようにという思いを込め、僕がやりたいことを自由にさせていただいてきました。恥ずかしがり屋だった人間の1人として、堂々と生きていくための気づきになればと思っています。
人間国宝にあたるような先輩方のほうが、僕らに対してもきちんと挨拶をしてくださるんです。舞台に対する情熱も、そのような先生方ほど違っている。だから、将来大人になった時に相手の目を見てしっかり挨拶ができること、人前に出たらハッタリでもいいから堂々と振る舞うことを伝えて、最終的には世阿弥ではないけれども、自分はいつも未熟者だという気持ちを持ちつづけてほしいと思いました。高校生や社会人になった時に「こんなことを言われたな」と思い出してくれるといいですね。

TEACHER’S INTERVIEW

国学院大学久我山中学校 男子部長 大瀬裕司先生

男子部長
大瀬 裕司先生

本物に触れ、本物のすごさを感じ取ってほしい

― 中学2年生の男子部で能楽教室に取り組む理由は?

大瀬先生 能はもともと男性が演じるものですが、その能に一番似つかわしくないやんちゃ盛りの中2の男の子を指導いただく、ということから始まりました。“小学校7年生”の中1なら、素直な子どもの部分がたくさん残っているので、何でも素直に「わーい、楽しい」とやってくれるのですが、中2になると個人差は大きいものの、徐々にん反抗期になって生活上の問題も出てきます。当然、教員からは「この難しい時期にあえてやらなくても」という心配の声もあがったのですが、不安定だからこそ良い刺激が与えられるのではないかという考えもありました。髙橋先生には大変なご迷惑をおかけしていると思いますが、思い切ってやってみることにしたんです。
ただ、この能楽教室を何度か見たところ、生徒がちゃんとやっていて良い意味で裏切られました。それに髙橋先生の姿勢というか、舞台人のオーラというか、教え方が素晴らしいんです。
私も最初の座学には入っていて、そこで髙橋先生が「稽古は強かれ、情識はなかれ」という世阿弥の言葉を引用されて、「古いものをしっかり顧みることは強い、しかし、頭で考えることはすぐになくなる。しっかりと感謝の気持ちを持ってお稽古するんだ」と言われました。プリントにもして配られたこの言葉は、生徒たちに聞いたところ非常に印象に残っているということです。そうした座学から実際に先生のお稽古が始まっていく中で、生徒たちは「こういうことだったんだな」「こうじゃなければいけないのかな」と感じていると思います。

― 「能楽教室」を通して、生徒たちに身につけてほしいことは?

大瀬先生 「本物に触れる」ということです。一流の先生に触れて、一流の先生からの教えを自分で実際にやってみる。例えば、“ただくるりと回るだけ”なのですが、その動きでさえ先生のようにはいかないことを、彼らは感じとります。ただ、能楽を見に行くだけではなく自分でも舞ってみる。そして、先生の後に続けて声を出してみる。そのようなことを実際にやってみて、先生と自分の差を強く感じる。これこそが本物に触れるということで、それを通じて本物のすごさ、やっぱりその道のプロはすごいということを感じと取ってくれるのではないかと思います。

― 「能楽教室」を中2でやったことで、良かったと思うことはありますか。

大瀬先生 けじめがつくようになってきたことですね。本物に触れて学んだことは彼らの中に確実に残るでしょう。あと、髙橋先生のご指導の中には、「立派ですね」とか「今日はこの間よりも進歩しましたね」とか「次、頑張りましょう」などのポジティブな言葉が多々出てくるんです。我々教員はどうしても「きみたち、またダメじゃないか」というネガティブな言葉を使ってしまうので、そのような言葉を使わずに本当に上手に生徒を導いていただきました。

― 日本文化から礼儀、人前での姿勢などを学ぶことは、将来につながる部分が大きいとお考えですか。

大瀬先生 本校は「きちんと青春」をキャッチコピーとする、ちょっと昭和の匂いがする学校で、服装、髪形、靴をしっかり整えるなど、形の部分も大事にしていると思うんです。もちろん形だけではなく中身も大事ですが、発展途上の生徒たちは、まずは形をしっかり覚える、整える。そこを大事にするという部分は、まさにこの能ともつながっていると思うんです。形ひとつをとっても、先生を真似ているつもりが全然違うというところから学んでいくんですね。日本文化を学ぶことで、これからの国際社会に役立てていこうという意識はしっかり持っていると思います。

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